雨脚が強まるたびに、扉の外の街灯がにじんで見えた。店内に客は悠真ひとりだけだ。カウンターの向こうで玲奈が静かにグラスを磨いている。氷の溶ける音と、ときおり響く遠雷だけが、ふたりのあいだの沈黙をやわらかく埋めていた。
「そろそろ閉めようか」
玲奈が顔を上げて言った。時計の針は午前一時を回っている。悠真は手元のウイスキーをちびりと含み、名残惜しそうにグラスを傾けた。
「もうそんな時間か」
「今日は雨だし、早めに片づけちゃう」
そう言いながらも、玲奈はカウンターから離れようとしない。磨き終えたグラスを棚に戻す手つきが、どこか迷っているように悠真には見えた。
「あのさ」
玲奈が少しだけ声を低くした。店の奥から流れているジャズが、ちょうど曲の終わりに差しかかっていた。
「閉店してからでいいんだけど、一杯だけ付き合ってくれない? 私が淹れるから」
悠真は手にしたグラスを置き、彼女の顔をまっすぐに見た。薄明かりのなかで、玲奈の瞳がわずかに揺れている。常連になって三年になるが、彼女が閉店後に酒を誘うのは初めてだった。
「いいよ。むしろ、そう言ってもらえて嬉しい」
「ありがとう。じゃあ、戸締めするね」
玲奈は小さく笑うと、入口の鍵を閉め、看板の灯りを消した。店内の明るさが一段落ちて、ふたりの距離が急に近くなった気がした。
「何を飲む?」
「玲奈さんが決めていいよ。今日の気分で」
「今日の気分、か」
彼女は棚の奥から一瓶取り出し、手際よく新しい氷をグラスに落とした。淡い琥珀色の液体が注がれ、最後に柑橘の皮がひねられる。カウンター越しに香りがふわりと広がった。
「サイドカー、少しだけ甘くした」
「玲奈さんらしい」
「どういう意味よ」
