フロントで最後の確認を終えた南が、紙製のキーホルダーを指に引っ掛けたまま戻ってきた。鮎川は並んだスーツケースの横に立ち、ロビーの照明を背に受けながら手元のスマホを閉じる。
「一部屋だけ、らしい」
南の声は抑えられていた。キーホルダーには銀色の数字が刻まれている。部屋番号は一つだけ。
「向かいのビジネスホテル、空いてないか訊いたけど満室だって」
鮎川は数秒だけ南の顔を見た。折り目のついたシャツの襟元が、一日の移動でわずかに崩れている。腕時計に目を落とす仕草を、彼女は黙って観察した。
「ベッド、二つはあるんでしょ」
「一応ツインではある。予約が一つ消えてたみたいで」
「ならいいじゃない。朝まで寝るだけよ」
笑いを含んだ声で言い切り、鮎川は先にエレベーターへ歩き出した。南はその後ろを、半歩遅れて追う。
部屋は十一階の角部屋だった。ドアを開けると消毒液の匂いが薄く残っていて、空調の吹き出し口から低い音が続いている。カーテンは開いたまま、夜景がガラス一面に広がっている。ツインのベッドは壁際に分かれ、窓側の一脚がやや外光を浴びていた。
「先にシャワー使っていいよ」南がスーツケースを壁際に立てながら言った。
「そっちこそ、汗かいてるじゃない」
「大丈夫。明日の資料、軽く見直したいし」
鮎川は髪留めを外し、まとめていた髪を背中に落とした。途端にシルエットが柔らかくなり、南の視線が一瞬だけ彼女の首筋に留まる。彼女は気づかないふりでバッグから化粧ポーチを取り出し、バスルームへ消えた。
シャワーの音が壁越しに響く。南は肘掛け椅子に腰を下ろし、タブレットを開いたが、画面上の文字列は頭に入らなかった。壁に掛けられた鏡には、脱ぎ散らかされた彼女のカーディガンが映っている。
十分ほどして鮎川が戻ってきた。白い部屋着のショートパンツに、胸元の開いた薄手のカットソー。素足のままカーペットを歩き、冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出す。濡れた髪が鎖骨に張り付き、水滴が一筋、胸元へ流れ落ちた。
「南くん、見すぎ」
「ごめん」
「冗談よ。そんなに謝られると、こっちが恥ずかしいわ」
彼女はペットボトルを片手に窓辺へ歩いた。南も立ち上がり、スーツの上着を脱いで椅子の背に掛ける。彼がバスルームへ向かうのを見送ってから、鮎川はベッドの端に腰を下ろした。
