カーテンの隙間から差し込む夕日が、長年使い込まれたマホガニーの机の上に細長い影を落としていた。麗華は窓辺に立ち、外に広がる庭園を見下ろしている。イングリッシュローズのアーチも、ツゲの生垣も、明日にはもう誰か別の人間の所有物になるのだ。
部屋の扉が控えめにノックされ、聞き慣れた声が静かに響いた。
「お嬢様、紅茶をお持ちいたしました」
黒川が銀のトレイを手に立っている。いつもと変わらぬ姿勢、変わらぬ黒のスーツ、変わらぬ落ち着いた面持ち。麗華は振り返らずに「そこに置いて」とだけ言った。
「かしこまりました」
ティーカップがそっと机に置かれる音。ダージリンの華やかな香りが部屋に広がる。それでも麗華が動かないので、黒川はいつもの定位置、ドアから一歩入った場所で控えたままだった。
「黒川、あなたはいつからここにいるの」
「私がこのお屋敷に参りましたのは、お嬢様がまだ──」
「そうじゃなくて」麗華は遮るように言い、ようやく振り返った。「今日はもう、そういうのを聞きたいんじゃないの」
窓辺に立つ麗華の後ろで、茜色の空が燃えるように広がっている。黒川は静かに彼女を見つめ、何かを察したように微かにうなずいた。
「では、どのようなお話を」
麗華はゆっくりとソファに腰を下ろし、向かいの席を手で示した。黒川がためらいを見せると、彼女はもう一度、今度はより強くうなずいてみせる。
「座って。今夜は執事じゃなくて、ただの黒川としてここにいて」
黒川は一瞬だけ目を伏せ、それから「失礼いたします」と言って向かいのソファに腰を下ろした。彼が主人と同じ高さに座るのを、麗華は初めて見た気がした。
窓の外では、庭師が丹精込めて育てたモクレンの枝が風に揺れている。この家に生まれて二十六年、麗華はこの景色を当たり前のように享受してきた。だがそれも今夜で終わる。
「黒川はこの家がなくなるのをどう思う?」
「お嬢様のお気持ちを思うと、胸が痛みます」
「私の気持ちじゃなくて」麗華は少し苛立ったように言った。「あなたの気持ちを聞いてるの」
黒川はしばらく黙り、自分の手のひらを見つめていた。執事としての長年の習慣が、自分の感情を口にすることを拒んでいるようだった。だが麗華の視線があまりに真っ直ぐだったので、彼は観念したように口を開いた。
「寂しいです」と彼は言った。その声はいつもより少しだけ掠れている。「この家は、私の人生そのものでしたから」
