夏の終わりの大型コスプレイベントが終わり、ミオと涼介は駅前のレンタルスタジオへと戻ってきた。会場からここまで、ふたりの足取りはどこかふわふわしていて、まだ耳の奥には大勢のシャッター音と歓声が残っている。涼介は重たいカメラバッグを床に下ろしながら、ミオの方を振り返った。
「今日はほんとにお疲れさま。最後までポーズのリクエストに応えてくれて、助かったよ」
ミオは白いブラウスの襟もとを少し緩めながら、小さく笑った。彼女は今日、オリジナルの幻想系衣装を身にまとっている。淡い藤色のスカートが、空調の風にふわりと揺れた。
「こちらこそ、涼介さんがカメラマンでよかった。他の人だと、こんなにリラックスして撮れなかったと思う」
そう言ってミオが見せた笑顔は、会場で見せていた被写体としての表情よりもずっと柔らかくて、涼介は一瞬息を止めた。ふたりは半年ほど前から、こうして個人撮影の依頼を重ねている。最初はSNSでミオのコスプレ写真を見つけて、涼介の方からメッセージを送ったのがきっかけだった。それから何度か撮影をするうちに、涼介は彼女のつくる空気が好きになり、ミオもまた涼介のファインダー越しのまなざしに安心感を覚えるようになっていた。
「延長、一時間だけ取ったから。せっかくだし、せっかくの衣装だから、もう少しだけ撮らせてほしい」
涼介がそう切り出すと、ミオは少し驚いた顔をしてから、うなずいた。彼女は姿見の前で軽く髪を整える。ウィッグではなく地毛をゆるく巻いただけの髪に、耳の上の飾りが揺れている。イベント用のメイクはまだ崩れておらず、目もとのラメがスタジオのライトにきらめいた。
「どんな感じで撮る?」
「うん、さっきまではステージ映えするポーズが多かったから、今度はもっと自然な感じで。窓際のソファ、使おうか」
スタジオの奥には、大きな窓を背にしたアンティーク調のソファが置いてある。外はもう夕暮れで、オレンジ色の光がレースのカーテン越しに差し込んでいた。ミオはソファに腰かけ、涼介が三脚を使わずに手持ちでフレームを決める。ファインダーの中の彼女は、さっきまでの華やかなコスプレイヤーの顔ではなく、ひとりの女性として静かに息づいていた。
シャッターを切るたびに、ミオのまなざしが少しずつ変わっていく。最初はカメラを見つめていたが、しだいに視線を外したり、指先でスカートの裾をいじったりした。涼介はその仕種を追いかけながら、無意識に息を詰めていた。
「ミオさん、そのままこっちを見て。……そう、ありがとう」
涼介の声が少し掠れた。ミオはカメラ越しに涼介の目を見つめ返す。その時間がいつもより長くて、ふたりのあいだに沈黙が落ちた。スタジオには冷房の低い音だけが響いている。
「涼介さん」
ミオが先に口を開いた。声は静かだった。
「今日、ずっと言おうと思ってたんだけど、私、涼介さんに撮ってもらうのがいちばん好き。他の誰よりも、涼介さんのレンズの先にいると、自分がきれいになった気がするんだ」
涼介はカメラを胸の高さに構えたまま、動けなくなった。ファインダー越しではない、生のミオのことばが、じんわりと胸に染みていく。彼はカメラをそっと脇のテーブルに置き、ソファに座るミオの正面にしゃがみこんだ。
「俺も、ミオさんを撮ってるときが一番落ち着く。……写真だけじゃなくて、本当はもっと、ミオさんのそばにいたいって思ってた」
ミオの頬がほんのり赤くなった。彼女は膝の上で手を重ねたまま、しばらくうつむいていたが、やがて顔を上げて涼介を見た。目が合って、どちらからともなく笑みがこぼれる。
「衣装、脱いじゃってもいい?」
