豪奢な調度品に囲まれた堺邸の応接室には、重く湿った空気が澱んでいた。堺宗一郎は革張りのソファに深々と身を沈め、目の前に立たせた若い使用人の少女を値踏みするように眺めている。彼の鷲鼻が影を落とす肥満した顔には、権力者が長年かけて培ってきた残酷な余裕が滲んでいた。
「君は確か、先月採用されたばかりだと言ったな」
宗一郎の声は低く、まるで獲物をいたぶる猫のように穏やかだった。少女の肩が小さく震える。彼女はまだ十代半ばだろうか、家政婦として雇われたばかりの貧しい家庭の出だった。宗一郎はゆっくりと立ち上がり、その巨体を少女の背後に回すと、短く刈り込まれた彼女の髪に指を絡めた。
「今夜は特別な客人がいない。君は幸運だ。私が直々に、この屋敷での本当の仕事というものを教えてやろう」
少女が何かを言おうと口を開きかけた瞬間、宗一郎の分厚い手のひらが彼女の口を塞いだ。彼はもう一方の手で少女の細い腕を捻り上げ、ソファの肘掛けに押し付ける。少女の目が見開かれ、涙が溢れ出したが、宗一郎はそれを楽しむかのように口元を歪めただけだった。
「泣くな。私は優しい主人だ。従順であれば、お前の家族には十分な給金が渡る。だがもし抵抗すれば——」
彼は言葉を切ると、テーブルの上に置かれた一枚の写真を指さした。そこには聖マリア記念総合病院の地下にあるという、冷たく無機質な摘出室の様子が写っていた。少女はその意味を完全には理解できなかったが、本能的な恐怖が彼女の全身を硬直させた。
宗一郎は少女の制服の襟元に手をかけ、ゆっくりとボタンを外し始める。彼の指の動きは執拗で、まるで儀式のように丁寧だった。少女は声も出せず、ただ無力に震えながら、壁に掛けられた大きな鏡に映る自分の姿を見つめていた。その鏡には、肥え太った老人の背中と、押さえつけられた痩せた少女の姿が残酷な対比を描き出している。
「三輪子もこれくらい素直ならば、どれほど楽だろうな」
宗一郎が娘の名を口にしたとき、彼の声には一瞬、歪んだ愛情とも呼べるものが混じった。しかしそれはすぐに消え、彼は再び冷酷な表情に戻ると、少女の抵抗を完全に封じ込めるように体重をかけた。応接室に備え付けられた高級オーディオからは、誰かが弾くバイオリンの調べが微かに流れている。それは三輪子の練習曲だったが、今この部屋で起きている蛮行とはあまりにもかけ離れた美しさで響いていた。
一時間後、宗一郎は乱れた衣服を整えながら、ソファの隅で啜り泣く少女に冷たい視線を投げた。彼はポケットから分厚い封筒を取り出すと、無造作にテーブルの上に放り投げる。中には高額の紙幣が詰められていた。
「今日のことは誰にも話すな。話せば、次はお前の臓器がこの封筒よりも高く売れることを忘れるな」
少女は震える手で封筒を受け取ると、逃げるように応接室を飛び出していった。宗一郎はその後ろ姿を見送りながら、デスクの引き出しから一つのファイルを取り出す。そこには聖マリア記念総合病院のロゴが入った書類が挟まれており、『脳死判定報告書』と印字されていた。彼はその書類に素早くサインをすると、傍らに置かれた臓器保冷アタッシュケース——通称アイスハート——を一瞥した。
「次のオークションはアルカディアで三週間後か。それまでに、もう二つは必要だな」
彼の呟きは、広い応接室の壁に吸い込まれて消えていった。
——
その頃、堺邸の門前では、フェリックスが初めての実地調査に臨んでいた。彼は精巧な特殊メイクによって本来の華やかな顔立ちを完璧に隠し、野暮ったい眼鏡と地味なスーツに身を包んだ「ゴンホ」という名の訪問者として、堺邸の外観を観察していた。喉に装着した声帯模倣デバイスが、彼の本来の声を少し高めの穏やかな声音に変えている。
「では、ご案内いたします」
使用人の案内で門をくぐったフェリックスの足取りは柔らかく、しかしどこか事務的な距離感を保っていた。彼は標的の屋敷という認識を胸の奥に押し隠しながら、目の前の建物を観察する。堺邸は外から見るよりもはるかに広く、その窓という窓には分厚いカーテンが下ろされていた。監視カメラの台数も多く、塀に沿って設置されたセンサー類は、外部からの侵入を容易には許さない造りになっていた。
「こちらで少々お待ちください」
フェリックスが応接室の前を通りかかったとき、彼の視線が一瞬、廊下の隅に設置された監視カメラに向けられる。この屋敷では、招かれた者でさえも常に監視されているのだ。彼はさりげなく体の角度を変え、自分の手元がカメラから隠れるように立った。
「どうぞ。お掛けになってお待ちください」
使用人の言葉に、フェリックスは少しだけ肩の力を抜いた。彼は小型の録音機を胸ポケットに忍ばせたまま、ほとんど囁くような声で言った。
「いえ、今日は玄関先で失礼します。堺様にお会いする前に、屋敷の外周をもう少し確認しておきたいので」
フェリックスの声は落ち着いていたが、彼の呼吸はごく浅く整えられていた。彼は即座にこの屋敷の間取りと警備の密度が、通常の邸宅とは異なることを把握した。彼はゆっくりと窓辺に近づき、しかし直接カーテンに触れることはせず、窓枠に手を置いた。
「この屋敷は、ずいぶんと窓が少ないのですね。採光は大丈夫ですか」
フェリックスは持っていた書類入れから地図を取り出すと、ごくシンプルな外周図を一つ、静かに指でなぞってみせた。その仕草は驚くほど自然で、しかしどこか抑揚に欠けた、感情を排した動きだった。スパイとしての訓練が、彼の何気ない動作からも個性を消し去っていたのだ。使用人はその動きを不審に思うこともなく、少しだけ相槌を打つことができた。
「ええ、旦那様は防犯を何よりも気にされておいでですから」
使用人の言葉に、フェリックスの指が一瞬止まった。彼は眼鏡の奥の瞳を細め、目の前の廊下を見つめ返す。この使用人は、主人の悪事をどこまで知っているのか。あるいは何も知らずに、この監獄のような屋敷に仕えているだけなのか。
「私はただ、屋敷の雰囲気に慣れようと思っただけですよ」
フェリックスはそう答えながら、内心では別の計算を巡らせていた。この屋敷に出入りする者を通じて宗一郎の犯罪の証拠に近づくこと。それが彼に与えられた任務だった。しかし今、使用人の何気ない口調と、監視カメラに囲まれた廊下を見ているうちに、フェリックスは任務とは別の緊張が胸の奥で小さく疼くのを感じていた。
使用人は恐る恐るといった様子で玄関の扉に手を掛けると、フェリックスの動きに合わせて同じように外を指し示した。その仕草はかすかに震えていて、しかし確かな従順さを持っていた。彼女の指はまだ緊張で強張っていたが、ほんのわずかだけ口元が緩んだように見えた。
「また来週もお越しくださいますか」
玄関先まで見送りに出た使用人がそう尋ねたとき、その声には初めて少しだけ安堵のようなものが混じっていた。フェリックスは眼鏡の位置を直す仕草で一瞬の間を作り、それから穏やかな笑みを浮かべて頷いた。
「ええ、もちろん。次はもう少しだけ、お屋敷のことを教えてください」
堺邸の重厚な門を抜けたとき、彼は胸ポケットに忍ばせた小型の盗聴器に手を触れた。今日の収穫は少なかったが、屋敷の警備状況は確かに把握できた。次は聖セシリア女学院への訪問指導という名目で、さらに堺家に近づくことができる。フェリックスは変装用の眼鏡を外すと、帝都の薄暗い街並みに紛れるように歩き出した。背後では堺邸の無数の窓が、まるで獲物を見張る無数の目のように、鈍く光っていた。